コラム02・フェルト作家への道(2)

綺麗な色の羊毛 フェルト

少しずつ制作への想いや過程など、コラムを書いていこうと思います。
間が開きましたが、前回の続きです。
まとまらなくて、つらつらと書いています。


最初の転職


雑貨メーカーの仕事ですが、深く思うところがあり、
元いた専門学校のスタッフに相談をしました。
「うちに来ない?Mac室の管理人を探しているから」と誘われました。
「働きながら次の道を探せば良いいよ」と。

悩みましたが転職することにしました。
コンピューターの管理と、様々な授業の講師のサポートで、
生徒にソフトの使い方を教えたりなどをしていました。
また学び直せるところも大きかったです。



今思えば、なぜかネパールに一人旅


そんな中、話はぜんぜん変わりますが、
雑誌で雑貨スタイリストの方のネパール旅行の記事を見て、
カラフルな雑貨屋や素朴な街並みに惹かれて行きたくなりました。

ツアーにも参加せず、初めての海外一人旅でネパール。
周囲から何で行くの?とつっこまれながらも、
雑誌で見たからと答え、それだけ?とびっくりされてました。

いざネパールへ1週間。
あちらこちらに、小さな寺院があり不思議な香りがする街並み。

地面に線を引いて、石を並べて遊ぶ大人たちが印象的で、
小学生の頃を思いだしました。
ピラミッド型の塔のような階段に大勢の大人が座り
何もせずに長時間ボーとしている地元の人が多かったです。
せかせかした日本と真逆でこういう風でもいいんだ!と
カルチャーショックでした。

森の中で象にも乗ったのですが、
ゆっくりと過ごす大人たちの方が記憶に残っています。

雑貨屋を散策して素朴な紙漉きの雑貨を買ったりも。
英語は、単語しか喋れませんが何とかなるものですね。

ある日、エベレスト山脈を小型飛行機で見学した時、
高度の高いところでグルグル回り、思いっきり酔いました。
終了後もフラフラで立てなくなり、食堂で当たってたのが重なったのもあるかと思います。
フラフラ〜としながらも何とか日本へ。




ネパール→東京→地元に戻る


帰国後も、仕事も休みの日も体調がかなり悪いのが1ヶ月以上続き、
帰りたくなかったのですが実家に戻ることになりました。
家の事情もあり、泣く泣く引越しをすることになりました。
生徒達の卒業制作の途中だったので申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
しばらくして、体調は戻ってきて卒業制作を見にいくことができました。
みんな頑張ったなぁと、感慨深かったです。

田舎では免許が無いとどうにもならないので
教習所に行きました。
そして、地元の広告デザイン事務所に入社しましたが、
雑貨への気持ちも強くなりました。地元には雑貨メーカーはありません。

どうしたら良いのかな?と悶々としていました。
(悩みやすい性格なので、今でも毎日悶々としています。日々、葛藤!)



自分でつくる


最初に就職した同僚の方を思い出して、「自分で作ろう!」と思い立ちました。
同僚の方の個人制作には「向いてないと思う」との言葉もよぎりましたが、どうにもこうにも、何かの形にしたかったのです。

当時 押し花が好きで、
スキャナーでデジタル化してポストカードを作るようになりました。
雑貨メーカーでもよくポストカードを制作していたので
つくりやすかったのもあると思います。

花の形はそのままに別の形に組み合わせたり、
色をモノクロにしたりと様々な内容です。

その後ふらりといったカフェにらギャラリーが併設していて
出展募集中としていたので申し込んでみました。
それが初個展となります。
後も、デザインフェスタに出展したりなどしていました。

制作を続けるうちに、何かもの足りなくなり、
違う技法を見つけたいなと思うようになりました。
彫金の体験講座に行ったり、他にもいくつか試しましたが感覚的にしっくりこず。



そして羊毛に出会う


ある日、デザインフェスタに、遊びにいった時に、
フェルトでできたコロンと丸い財布がたくさん
詰んでいる作家さんのコーナーがありました。
「すごくかわいい、私も作って見たい!」と強く惹かれました。
フェルトの丸い玉ころ達が光って見えたのです。
(ライトの加減かもしませんが…)

どうやって作るのかもわからないまま、ネットで調べて本・道具・羊毛をネットで購入しました。
届いたのは、染色された色とりどりの羊毛。どこかアジアを感じるくすんだ色合いも多く、
柔らかい素材に触れ、それだけでもけっこう満足してしまいました。
あれだけ衝撃を受けたのに、実際に作り始めたのは半年後。

当時、針でつつくニードルフェルトは一般的ではなかったので
お湯と石鹸でひたすらゴシゴシ。
初作品はコースターを作り。
最初は固めることすらできずに、ふかふかしたせんべいのようでした。
何度か繰り返すうちに、形になってきました。

その後もひたすらコースターばかり作っていました。
正方形の土台に羊毛で模様をつけて、ひたすら色んな柄を制作。
今思うと、正方形を額縁に見立てて、絵にしたかったのだと思います。

仕事の環境が変わったりと色々ある中、
ある日突然、父が亡くなり、しばらく何も作れなくなりました。
1年ぐらいどこかボーと生きていました。
映画を見ているように、目の前の出来事に少し距離感のある感覚。

父が亡くなる前にデザインフェスタにコースターで出展したときに、
雑貨屋の委託が決まり、
その納品の締め切りがあったので、気持ちを切り替えてるくりました。
つくることで、何か救われたような気がしました。
納品をきっかけに、また個人制作を再開しました。

<2回で収めたかったのですが続きます…>

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