コラム01・フェルト作家への道(1)

綺麗な色の羊毛 フェルト

少しずつ制作への想いや過程など、コラムを書いていこうと思います。


幼少期・糸の町とたくさんの素材にふれた日々


小さな頃から手を動かすことが好きでした。
絵を描いたり、フェルトでのマスコット作り、ビーズ刺繍、編み物、工作など、ジャンルを問わず様々なものを作っていました。

なぜか庭に落とし穴を作るのも好きでした。
地下室に憧れて、スコップで30センチ土を掘って、これは無理だとあきらめたりも。

生まれ育ったのは愛知県。
かつて絹の製糸工場がたくさんあり、今はわずかですが古い建物が残る街並みです。
小学校の通学路にある古民家の布屋さんや、
足踏みミシンでリフォームをするお店がいつも気になっていました。
子供の頃から、”繊維”への意識がどこか心に残っていたのかもしれません。



高校生・授業と関係のないものつくりにはまる


高校は、好きなものづくりができる家政科を選びました。
5教科と体育などの他に被服と食物が中心となります。
洋服作りよりも、カバンやポーチ、テディベアなどの雑貨作りに夢中になり、雑貨の雑誌を愛読していました。
進路は自然と「雑貨デザイナーになりたい」と思うようになりました。

ちなみに部活は演劇部で、照明や大道具制作を担当しました。
人数が少ないので、時には演出を手がけることも。
脚本を読み込み、皆で話しあい、
表現としてチームで一つのものを作りあげていく大変さと喜びを経験しました。



専門学校・東京でひたすら課題、癒しは雑貨屋巡り


上京して東京の専門学校の雑貨デザインコースへ進学。
友人や講師に恵まれ、雑貨屋や美術館巡り、洋書を見られるだけでも新鮮で、
かつ課題とバイトに追われる日々でした。

デザイン担当の講師は、のちにグッドデザイン賞の審査員もされるプロダクトデザイナーの方で
「かわいい雑貨を作りましょう」ではなく、
機能美としての造形、なぜそれが生活と市場に必要なのかのプレゼンボード、
図面などを必死で考えていました。

2年間の集大成とし卒業制作があります。4ヶ月かけての準備。
内容は自由で、5個の立体カレンダーの実物と企画パネルを作りました。

最初、3個デザインをしていたのですが、
残り時間もあまりない中、講師から「あと2個追加しよう」と言われて
内心「鬼!」と思いながら睡眠を削ってつくりました。
制作中は、就職活動の課題やバイトとの両立、地元の友達が家出してきたりなど、しっちゃかめっちゃか!

そうして迎えた恵比寿ガーデンプレイスでの展示。
お客さんや講師からの投票で賞が決まります。
結果、最優秀賞をとることが出来ました。
2個追加して良かったです。説得力が変わります。
賞も嬉しかったけれど、クラスの友達が泣いて喜んでくれたのが一番の思い出です。



就職・企業でのものつくり、個人でのものつくり


就職氷河期でしたが何とか雑貨メーカーへ就職。
コップやポストカードの模様のデザイン、入稿データの作成などを手がけました。
初めてデザインしたコップがよく売れて、雑誌に載っていた時は嬉しかったです。

ある日、スラリと長身の女性が入社されました。
個人でアクセサリーを作り販売しているので
ピアスの絵を描いて欲しいと頼まれてお手伝いをすることになりました。

私の好きな雑貨屋さんでも販売されていました。
今では当たり前の作家活動ですが、
30年前なので、会社ではなくてもそんなことが出来るのだと驚きました。

その方は、大御所ファッションデザイナーのフィッティングモデルをされていました。
素肌に布を当てられながら、まち針を留めたり、布を裁断していく制作方法のモデルです。
長時間立ちながら全く動けないし、まち針もよく刺さるし、とても大変だったそうです。
このエピソードだけでも、第一線の世界の厳しさを痛感しました。

その女性に「あなたは個人での制作はやらない方がいいよ。傷つくことばかりだよ。」と言われたのを覚えています。
とても人柄の良い方なので、あえての言葉でした。

<続きます>

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